香料のはなし 歴史に潜むローズ
世界で最も親しまれている花、ローズ。
地球上に現れたのは、5000万年以上前と言われ、高等植物としてはかなり早くから登場しました。
人間との関係も古く、紀元前5000年頃のメソポタニア文明からだと考えられています。英雄ギルガメッシュを描いた「ギルガメッシュ叙事詩」にも「ローズは永遠の命」と記され、ルーブル美術館に所蔵されている、ギルガメッシュを誘惑する官能的な女神イシュタルが手に持ち香りを匂っている花もローズだと言われています。
その美しさと豊かな香りから、神や富の象徴となり、歴史上の逸話や、芸術作品も数多く残されています。そんな中から、ローズの栽培を飛躍的に発展させ「ローズのパトロン」とも言われる、フランス皇妃ジョセフィーヌの物語を。
ナポレオンの妃であった、ジョセフィーヌ。
持ち前の社交性と、社交界で培った人脈を駆使して、ナポレオンの台頭の後押しをし、皇后の地位にまで上り詰めた希有な女性です。そして、当時のファッションアイコンであった彼女は、美しいものに目がなく、かなりの浪費家だったとのこと。。。その浪費癖のエピソードは数多く残されていますが、その中でも一番の買い物は「城」だというから驚きです。
そのお城がパリ郊外にあるマルメゾン城。
そして、その中にバラ園を作り世界各地から集めたローズを栽培していきます。
時には、ナポレオンやその部下に遠征先から種を持ち帰らせたり、特殊なルートを使って当時戦争中のイギリスから苗を取り寄せたり、ローズへのコレクション熱は尋常なものではありませんでした。
夫のナポレオンもマルメゾン城を気に入り、ローズも好きで、庭で摘んだローズをジョセフィーヌに手渡している仲睦まじい様子が、絵画にも残されています。
しかし、ナポレオンが皇帝になってからは次第に世継ぎの問題が浮上し、子供のいないジョセフィーヌとの離婚は避けられないものとなりました。
その仕打ちに、ジョセフィーヌは、見る人の涙を誘うほどに打ちひしがれ、マルメゾン城に引きこもってしまいます。
しかし、打ちひしがれたのは最初だけ。あっさりと離婚に応じ、その代わりに、生涯皇后の称号とマルメゾン城、年金を獲得し、盤石な生活の基盤を作りました。
ここから、いわば取り憑かれたようにかのように、ローズの品種改良に情熱を注いだジョセフィーヌ。園芸の専門家を雇い、ローズの交配を始めます。ここで人工交配が初めて成功し、数々の品種が誕生。フランスに25種しかなかったローズが彼女の活躍で、4000種に増えたと言われています。この技術が、のちに現代のローズを生み出す礎となったのです。
晩年は、大好きなローズを育て優雅な生活を謳歌したジョセフィーヌ。
フランス一優雅でおしゃれな女性と言われた彼女の元には、多くの訪問客が訪れ、憩いの場となりました。それは、ナポレオンも同様で、離婚後も度々マルメゾン城を訪れていたようです。
重い肺炎をこじらせ最後の時を迎えた際も、彼女の胸元にはローズが。少しでも幸せな気持ちを感じてほしいという周りからの細やかな気づかいがあったのです。
リラックス効果や、幸福感を誘発する効果があるとされているローズ。
香料としても最も重要な素材であり、香料植物の女王とも言われています。
もしかすると、ジョセフィーヌがいなければ、こんなにも、世界で親しまれる花ではなかったのかもしれません。
そして、現代も愛されているローズの芳しい香りは、ジョセフィーヌやナポレオン、そしてマルメゾン城を訪れた人々に幸福感を与えていたのでしょう。混乱が大きい時代だからこそ、香りの力は偉大だったのです。
また、現代では、ローズの香りを纏った生活を続けると、第三者からの印象が向上するという実験結果も出ています。ローズの香りで、ストレスが和らぎ、幸福感が高まることで、表情も豊かになり魅力的に見えるということでしょう。
古くは、クレオパトラから、マリーアントワネット、そしてジョセフィーヌと、多くの女性たちがローズの香りに魅了されました。そして、その女性たちもまた、多くの人々を魅了し、歴史を動かしてきたのです。歴史上で語られることは少ないですが、様々な場面にローズの香りが潜んでいたに違いありません。
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